子育てって、凄く大変ですよね。
多くのお母さんたちにとって、毎日がストレスの連続になっていることだって、あるかもしれません。
子育てに関するストレスでは、大きく分けて2つ考えられます。
一つ目は自分に対して、二つ目は子供に対してのストレスです。
自分に対してのストレスを考えてみると、
- 寝不足で体が辛い
- 育児に十分にお金をかけられない時のストレス
- 理想的な育児環境を用意できない時のストレス
等があげられると思います。
しかし、これらは自分の体力・経済力・環境を受け入れたり、受け入れた上で努力をしたりすることで、ストレスは減らすことができます。
つまり自分次第ということですね。
もう一方は子供に対するストレスです。
実際にはこちらのストレスでのご相談が多く、皆さん、親としての悩みは尽きません。
パターンとしては、「子供が親の思うようにならない」というものが多いようです。
もう少し具体的には、
- ?をしない
- ?をやめない
- ?ができない
のような感じになるでしょうか。
親の想いからすると、自分の子供が「理想的じゃない! ダメだ! このままではいけない!」と思ってしまうわけですね。
だれでもそうですが、自分の子供には「少なくとも平均的か、それ以上であって欲しい」という強い思いがあるので、このようなストレスを持ってしまうのです。
そこで私はよく、「その悩みは、5年後、10年後、あるいは20年後も残っていますかね」とお聞きしています。
つまり、今現在のお子さんがもし10歳だとしたら、中学生・高校生、あるいは社会人になった時にも、今悩んでいることは影響しているのか想像していただくのです。
そうすると、今悩んでいることって、意外と大したことないと思えてきます。
悩みの多くは、時間が解決してくれるからなんです。
今現在は「ゲームばかりしていて困る!」、という現状があったとしても、そのうち受験生になってしまったら、ゲームばかりしている「ワケがない」んですね。
逆に言えば、「今はゲームくらいしか、自分がしたい事なんて見当たらない」だけなんです。
親から見て、子どもがちゃんとできなくて困っていることって、実際には「そのうちできれば十分」な事ばかりです。
やめなくて困っていることだって、そのうち「する暇」さえなくなる時が来てしまうんですから。
大人だってなかなか禁煙できないし、ダイエットだって出来ないじゃないですか!(笑
よく、「この子を思ってのことなんです!」と言われることがあるんですが、つまり「それが親の愛情だから」と思われているようです。
そこで、「親の愛情」とは一体何でしょう。
愛情って、なんぞや?
「愛だろ! 愛」の愛ってなんぞや、ですね。
ここでは分かりやすく、「恋」と「愛」を対比して定義してみましょう。
ひとまとめに「恋愛」にしちゃうと急に分からなくなるので、一緒にして考えないようにご注意下さい。
例えば、すっごく好きな女の子を追いかける男の子がストーカーと化したら、これは「恋」の一種なんですね。
アイドルや俳優に対して抱く感情も、私がPerfumeを好きなのも、一種の恋かもしれません・・・(苦笑
つまり「恋」とは「相手を使って自分を満足させてあげたい感情」なんですね。
だから満たされない感情を埋めるため、ストーカーになってしまう人がいてしまったり、相手の迷惑が見えなくなることもあるわけです。
結局、全ては自分のため、という事になります。
では、「愛」だとどうなるでしょうか。
これは「相手に幸せになってもらうために、自分にできることを考え、努力を惜しまない気持ち」と定義しましょう。
赤ちゃんのオシメを替えたり、ご飯を作ったり、あるいは運動会で一生懸命に応援したりなんて考えてみると、全部「相手の幸せのため」ですよね。
これは「自分を満足させてあげたい感情」という目的とは、全く考え方が違います。
「相手が幸せになることが、私の喜び」なんです。
以上から、「親の愛情」で子育てをするときに何をするか考えてみると、子育てとは最終的に「親がいない状況で、本人が困らないようにする」事が目的なので・・・
- 子どもの力では避け難い危険や不安、あるいは病気などから守ること
- 自分の体を壊さないように自己管理させる教育
- 人間関係を円滑にするマナーや一般常識の教育
- 子供の選択肢を増やすため、教育として様々な経験をさせること
と、ちょっと考えただけではありますが、重要な事ってそう多くは無さそうです。
野生動物の親なんかを想像すると、分かりやすいかもしれません。
子育てで緊急的なのは、取り返しの付かないこと(事故や怪我など)から回避させること、ちゃんと食べさせること、体に問題がでれば必要な処置をすること、くらいではないでしょうか。
それ以外の「教育」の付くものは、全て「そのうち、親離れする前に身につけば良い」ので、あまり急ぐほどではありません。
あるいは緊急のこと以外は、叱る必要もないという事になります。
そして教育こそ、愛情を込めてじっくり取り組む必用があるんですね。
つまり「出来るようになるまで教える」ということです。
私の場合、運動不足で太っているし、漫画ばかり読んでいるし、お酒も大好きなオジサンになってしまいました。
この「お酒」の部分をジュースやお菓子に変えると、子どもが叱られている類のものと、実はほぼ同じです・・・(苦笑
それでも仕事には全く支障ないし、生活も何とかなっていて、もしかするとある意味、「実は漫画を読み続けてきた結果」、今があるのかもしれません。
空手をしていた時は「空手バカ一代」を読んでいましたし、柔道をしていた時は「タイガーマスク」をプロレスで見て、「1・2の三四郎」を読んで技を磨いていました。
関係ないですけど、「宇宙兄弟」は面白いので、読んだほうが良いですよ?(笑
重要なのは人生経験です。
あらゆる経験は、無駄にならないですからね。
最近の研究ではゲームが頭にいいことが分かってきているようで、老人のボケ防止にだって良いそうですから、ゲームだってバカに出来ません。
どうせ後で何がどう作用するのかなんて誰にもわからないんですから、もう少し気長に「この子なら大丈夫」と考えられることをお勧めします。
そうすれば親だってどんどん歳をとっていますし、あと10年もしたら、きっとすごく頼りになる子になってくれてますよ。